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* 伯耆一宮経塚出土品 一括(考古資料)
*: 内訳は下記。大正4年(1915年)、社殿の南南東180メートルほどのところにある経塚(経典を後世に遺すため埋納した塚)から出土した一括遺物。銅経筒は径20センチ、高さ42.5センチで、円筒形の筒身に宝珠鈕付き、屋根形の蓋を付す。筒身には15行236字の銘文が線刻され、康和5年(1103年)に京尊という僧が埋納したものであることがわかる。出土品のうち、金銅観音菩薩立像は奈良時代にさかのぼる作品である。出土品一括は東京国立博物館に寄託。<ref>『週刊朝日百科 日本の国宝』30号(朝日新聞社、1997年)、pp.2 - 316 - 317</ref>
*: 1920年(大正9年)4月15日、当時の[[古社寺保存法]]に基づく旧国宝(現行法の[[重要文化財]]に相当)に指定1920年(大正9年)4月15日、当時の古社寺保存法に基づく旧国宝(現行法の重要文化財に相当)に指定<ref>大正9年4月15日文部省告示第260号で以下の2件が当時の古社寺保存法に基づく旧国宝(現行法の重要文化財に相当)に指定された(参照:[{{NDLDC|大正9年4月15日文部省告示第260号で以下の2件が当時の古社寺保存法に基づく旧国宝(現行法の重要文化財に相当)に指定された(参照:NDLDC:2954421}} 国立国会図書館デジタルコレクション])。:国立国会図書館デジタルコレクション)。
*金銅観世音菩薩立像 一躯
*銅経筒 康和五年ノ銘アリ 一口 附 銅造千手観音立像一躯 外出土品一切
1951年6月9日付けで上記2件が1件の重要文化財に統合された(昭和27年5月22日文化財保護委員会告示第14号)。</ref>。1953年(昭和28年)3月31日に国宝に指定<ref>{{国指定文化財等データベース|:201|:845|:伯耆一宮経塚出土品}}</ref>。
** 銅経筒 1口 康和五年十月三日伯耆一宮辰巳岳上奉埋納在銘
** 金銅観音菩薩立像 1躯
=== 国の史跡 ===
* 伯耆一宮経塚 - 1935年(昭和10年)12月24日指定<ref>{{国指定文化財等データベース|:401|:2116|:伯耆一宮経塚}}</ref>。
== 関連図書 ==
* 安津素彦・梅田義彦編集兼監修者『神道辞典』(神社新報社、1968年)32頁
* 白井永二・土岐昌訓編集『神社辞典』([[東京堂出版]]、1979年)166頁白井永二・土岐昌訓編集『神社辞典』(東京堂出版、1979年)166頁
== 脚注 ==

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