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1,511 バイト追加 、 2024年12月22日 (日) 01:28
<blockquote>当社にはかつて存在したという「大倉木神社」ではないかとする説があるようだ。<br>「丹後國風土記」殘缺(江戸末期)には加佐郡志楽郷の「春部村」の項に、「大倉木社」という社名が見える「'''大倉木社 祭神國造''' (以下3行虫喰)」とのこと。<br>'''大倉岐命'''は「先代旧事本紀」国造本紀に、成務天皇の御宇に'''尾張連同祖'''の建稻種命四世孫 大倉岐命を'''丹波国造'''(当時はまだ丹後国は丹波国から分離独立していない)に定めたとある。また「尾張氏系図」には天火明命十一世孫 淡夜別命の子として記されている。<br>「志楽郷」について「丹後國風土記」殘缺に『以て志楽と號くる所は●●●(三字虫食い)'''彦名命大穴持命''' 巡り覧て天下を治る時に當りて 而して悉く行きて此國を巡り畢へ 更に高志國に到りし之時 '''天火明神'''を召して汝が知ろしめす此國は領める可くと命じることを詔す 火明神大いに歡喜びて永き母也靑雲乃志良久と曰く 故に志楽と云ふ也<ref>[https://ameblo.jp/keith4862/entry-12406547624.html 布留山神社 (冨留山神社)(改定)]、かむながらのみち ~天地悠久~(最終閲覧日:24-12-22)</ref></blockquote>
 
=== 山口神社・舞鶴市堂奥 ===
祭神は天道日女命、大山祇命。
<blockquote>当社は元は一村であった「堂奥村」「多聞院村」両村の氏神であったとされる。「多聞院村」には天蔵神社(祭神は天道日女命の子神・天香語山命)が鎮座する。<br>当地は天道日女命が老後に暮らしたとされる。「勘注系図」には「天道姫命 亦たの名 '''屋乎止女命'''(ヤヲトメノミコト)、亦たの名 '''高光日女'''たこひめ命(タコヒメノミコト)、亦たの名 '''祖母命'''也」とある。<br>「丹後國風土記」残闕の「高橋郷 本字高梯」に以下のようにある。『「高橋郷」と名付けられた所以は、天香語山命が「倉部山」山頂に神庫(ほくら)を造り種々の神宝を収蔵し、長梯を掛けていたので「高梯」と云う。峰(倉部山)の頂に天蔵と称する神祠があり天香語山命を祭る。またその山口●●国に祠があって祖母祠と称する。この国に天道日女命と称する者があって、歳老いて此の地に来居まして、'''麻を績ぎ蚕を養ひ'''、人民に衣を製する道を教えたので山口坐御衣知祖母(やまぐちにますみそしりそぼ)祠と云ふ也』<ref>[https://ameblo.jp/keith4862/entry-12406547624.html 山口神社 (舞鶴市堂奥)(改定)]、かむながらのみち ~天地悠久~(最終閲覧日:24-12-22)</ref></blockquote>
=== 磯砂山 ===

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