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59 バイト追加 、 2022年3月20日 (日) 09:52
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* 昔、東信濃は湖の底だったが、デイラボッチは「岩鼻」という山を砕き水を排出し、平地を作った。それから後、その土地を、大佐久(南北佐久)と小佐久(小県)と言うようになった<ref>『佐久口碑伝説集南佐久編限定復刻版』発行者長野県佐久市教育委員会、全332頁中 105頁、昭和53年9月20日発行。</ref><ref group="*">大鼠が岩鼻を食い破ったことで湖水が排水されたとする伝説もある(『日本伝説叢書 信濃の巻』, NDLDC, 953569/106 157 - NDLDC, 953569/107, 159ページ)。</ref>。
* 茨城県水戸市大足(おおだら)は、土地の西南にあった山のおかげで村は一日の半分は日陰になり、日が早く暮れてしまい困っていた。そこでダイダラボッチ(この地方ではダイダラボウと呼称)は村人のために山をどけてあげた。しかし、山をどけた跡の土地がえぐれてしまい、雨が溜まるようになったので、川をつくり沼底をさらって水が流れるようにした。どけた山は水戸市・笠間市・東茨城郡城里町に跨がる朝房山、作った川と沼は'''桜川、千波湖'''である<ref>「ダイダラ坊」考, 今瀬文也, 茨城の民俗, 31, 1992-12, pages=36-46, 茨城民俗学会</ref>。
 
== ダイダラボッチが登場する民話・伝説 ==
== 参考文献 ==

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