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4,408 バイト追加 、 2024年11月13日 (水) 19:29
ミャオ族は、こんな恐ろしい暴君に仕えてはいられない、ということで逃げ出した。そして、世界のあちこちで帝俊の行いを話して歩いたので、世界中の者が俊の行状を知ってしまった。そして、人々はいつまでも、気の毒な蛙姫とバロンとバルンのことを語り継いだのだった。でも、帝俊の子孫だけは「何でも女が悪いせい。」と言って3人の女神たちを悪く言っていた。
 
== 書き直し神話・堯舜風に ==
昔、三苗が天下を治めていた。三苗とは苗族の三つの氏族で、苗族、羌族、姜族といった。羌族は苗族から分かれ、姜族は羌族から分かれたものである。天にあるとき、彼らは交代で帝を立てていた。また、互いに婚姻もした。当時は同姓婚も可能だったし、兄妹で結婚もできた。
苗族の帝堯の治世に、姜族の帝俊が謀反を起こした。帝俊は帝堯の息子だったのだが、父親が嫌いだったので母親の姜姓を名乗っていた。父親には母の蛙姫の他に妻がいたし、そちらに異母弟もいて、帝俊に厳しく、可愛がってくれなかったからだ。しかも帝堯は「人々が神と共に人を食う祭」を禁止したのだ。帝俊は人肉を食べたくてたまらなかった。帝俊は妹のバロンとバルンを后にしたが、帝堯には謀反を起こし、父親を地上に追放した。苗族は帝堯を慕って、共に地上に下っていった。
地上に降りた人々が帝俊に従わなかったので、帝俊は怒り、夜に太陽を出したり、火の雨を降らせたり、夏に水を凍らせたり、洪水を起こしたりした。天変地異のせいで五穀が実らなくなった。天上の帝俊は、地上の帝堯に「人々が神と共に人を食う祭」を再開するよう求めた。帝堯は祭をおこなわず、土地の整備のみ行った。怒った帝俊は部下の雉女を連れて、自ら地上へ降り、苗族の長の帝堯を射殺した。
帝堯の葬儀で蛙姫と娘たちが嘆き悲しんでいると、怒った帝俊はそこに乗り込んで暴れ、祭壇を破壊した。そして母の蛙姫を焼き殺してしまった。姫の魂は天に昇って'''月の女神'''になった。妻の一人バルンは水に投げ込んで殺した。殺されたバルンは'''乙姫'''になった。もう一人の妻のバロンは懐妊していたので、とりあえず生かしておき、子供を生んで用がなくなると殺して桑の木に吊した。殺されたバロンは'''馬頭娘'''となって「蚕の母」と呼ばれるようになった。こうして、帝俊自らが地上で民を治めることにして夏という国を興した。
帝俊は自ら地上の「皇帝」と名乗り帝堯の苗族を攻撃して滅ぼそうとした。「皇帝」とは帝堯だけに許された呼び名だったのに。
生き残った苗族は、ほうほうのていで逃げ出した。羌族もこんな恐ろしい暴君に仕えてはいられない、と逃げてしまった。なので、以後夏では帝俊の子孫の姜族だけが帝となった。やがて夏の国はどんどん大きくなった。
 
苗族と羌族が、世界のあちこちで帝俊の行いを話して歩いたので、世界中の者が俊の行状を知ってしまった。そして、人々はいつまでも、気の毒な蛙姫とバロンとバルンのことを語り継いだのだった。でも、帝俊の子孫だけは「何でも女が悪いせい。」と言って3人の女神たちを悪く言っていた。また、苗族と羌族を陥れようとして彼らの悪口をばらまいた。帝俊とその子孫たちは鬼神のねたみ、陰気を最大限に活用して敵を滅ぼす「鬼神信仰」の者たちだったのだ。そして、いつでも「自分が一番」でないと気が済まなかったのだ。
 
だから、帝俊の子孫は、こっそり帝俊の名前を「蚩尤」に変えて、今度は
 
「帝堯が蚩尤を倒した。蚩尤の家来が苗族だった。帝俊は帝堯から帝位を受け継いだ正統な皇帝だったので、苗族を滅ぼそうとした。」
 
という話を作った。こうして、本当は帝俊が帝堯を殺したのに、帝堯が帝俊(蚩尤)を殺した、というおかしな話ができあがってしまった。帝俊はそこまでして帝堯の苗族を滅ぼし、自分が一番になりたかったのだ。鬼神信仰とはまことに恐ろしいものである。そして以後は、禹とか黄帝とか、都合に合わせてどんどん登場人物を増やすので、元にどんな話があったのか分からなくなってしまったのだった。
=== 解説 ===

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