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=== 時代遅れの説 ===
過去に一部の研究者は、イシュタルをアムルゥに関連する西セム語のアティラート(アシェラ)のバビロニアにおける反映である小女神アシュラトゥと結び付けようとしたが<ref>Wiggins, 2007, p156</ref>、スティーブ・A・ウィギンズが実証したように、この説は根拠のないものであった<ref>Wiggins, 2007, p156</ref>。なぜなら、この2人が混同されていた、あるいは単に混同されていたという唯一の証拠は、イシュタルとアシュラトゥが同じ諡号を共有していたという事実であり[190]、しかし同じ諡号はマルドゥク、ニントゥル、ネガル、スエンにも適用されており<ref>Wiggins, 2007, p156</ref>、神名リストなどの資料にはさらなる証拠は見当たらなかったからだ<ref>Wiggins, 2007, p156-163</ref>。また、ウガリット語のイシュタルの同義語であるアスタルト(Ashtart)が、アモリ人によりアティラートと混同、混同された形跡はない<ref>Wiggins, 2007, p169</ref>。
 
== 神話のなかのイナンナ ==
=== 系譜 ===
イナンナは系譜上はアンの娘だが、月神ナンナ([[シン (メソポタミア神話)|シン]])の娘とされることもあり、この場合太陽神ウトゥ([[シャマシュ]])とは双子の兄妹で、冥界の女王[[エレシュキガル]]の妹でもある<ref>アンソニー・グリーン監修『メソポタミアの神々と空想動物』p.25、山川出版社、2012/07</ref>。夫にドゥムジ (メソポタミア神話)(Dumuzid the Shepherd)をいただく。子供は息子シャラ(Shara, Šara, シュメール語: 𒀭𒁈, <sup>d</sup>šara<sub>2</sub>, <sup>d</sup>šara)。別の息子ルラル(Lulal)はウトゥの女祭事(神官)ニンスンの息子ともされている。
 
=== エンキの紋章を奪う ===
メソポタミア神話において、イナンナは知識の神[[エンキ]]の誘惑をふりきり、酔っ払ったエンキから、文明生活の恵み「'''[[メー]]'''」(水神であるエンキの持っている神の権力を象徴する紋章)をすべて奪い、エンキの差し向けたガラの悪魔の追跡から逃がれ、ウルクに無事たどりついた<ref group="私注">これは中国神話で述べるところの「[[不老不死の薬]]」のことと考える。</ref>。エンキはだまされたことを悟り、最終的に、ウルクとの永遠の講和を受け入れた。この神話は、太初において、政治的権威がエンキの都市エリドゥ(紀元前4900]頃に建設された都市)からイナンナの都市ウルクに移行するという事件(同時に、最高神の地位がエンキからイナンナに移ったこと)を示唆していると考えられる。
 
=== イナンナ女神の歌 ===
シュメール時代の粘土板である『イナンナ女神の歌』よりイナンナは、[[ニンガル]]から生まれた魅力と美貌を持ち、[[龍]]のように速く飛び<ref>[http://etcsl.orinst.ox.ac.uk/cgi-bin/etcsl.cgi?text=t.4.07.5&charenc=j# 「イナンナ女神の歌」1-4]</ref>、南風に乗り[[アプスー]]から聖なる力を得た<ref>[http://etcsl.orinst.ox.ac.uk/cgi-bin/etcsl.cgi?text=t.4.07.5&charenc=j# 「イナンナ女神の歌」5-8]</ref>。母親ニンガルの胎内から誕生した際、すでにシタ(cita)とミトゥム(mitum)という2つの鎚矛を手にして生まれた<ref>[http://etcsl.orinst.ox.ac.uk/cgi-bin/etcsl.cgi?text=t.4.07.5&charenc=j# 「イナンナ女神の歌」9-12]</ref>。
 
=== イナンナとフルップ(ハルブ)の樹 ===
<sup>''(出典の明記、2018年2月)''</sup>
ある日、イナンナはぶらぶらとユーフラテス河畔を歩いていると、強い南風にあおられて今にもユーフラテス川に倒れそうな「フルップ(ハルブ)の樹<ref>[Hulupp]-アッカド語で「'''生命の木'''」のこと。</ref>」を見つけた。あたりを見渡しても他の樹木は見あたらず、イナンナはこの樹が世界の領域を表す[[世界樹]]([[生命の木]])であることに気がついた。
そこでイナンナはある計画を思いついた。
この樹から典型的な権力の象徴をつくり、この不思議な樹の力を利用して世界を支配しようと考えたのだ。
イナンナはそれを[[ウルク]]に持ち帰り、聖なる園([[エデンの園|エデン]])に植えて大事に育てようとする。
まだ世界はちょうど創造されたばかりで、その世界樹はまだ成るべき大きさには程遠かった。イナンナは、この時すでにフルップの樹が完全に成長した日にはどのような力を彼女が持つことができるかを知っていた。
「もし時が来たらならば、この世界樹を使って輝く王冠と輝くベッド(王座)を作るのだ」
その後10年の間にその樹はぐんぐんと成長していった。
しかし、その時[[ズー|(アン)ズー]]がやって来て、天まで届こうかというその樹のてっぺんに巣を作り、雛を育て始めた。
さらに樹の根にはヘビが巣を作っていて、樹の幹には[[リリス]]が住処を構えていた。リリスの姿は大気と冥界の神であることを示していたので、イナンナは気が気でなかった。
 
しばらくの後、いよいよこの樹から支配者の印をつくる時が来た時、リリスにむかって聖なる樹から立ち去るようにお願いした。
しかしながら、イナンナはその時まだ神に対抗できるだけの力を持っておらず、リリスも言うことを聞こうとはしなかった。彼女の天真爛漫な顔はみるみるうちに失望へと変わっていった。そして、このリリスを押しのけられるだけの力を持った神は誰かと考えた。そして彼女の兄弟である太陽神[[シャマシュ|ウトゥ]]に頼んでみることになった。
暁方にウトゥは日々の仕事として通っている道を進んでいる時だった。イナンナは彼に声をかけ、これまでのいきさつを話し、助けを懇願した。ウトゥはイナンナの悩みを解決しようと、銅製の斧をかついでイナンナの聖なる園にやって来た。
 
ヘビは樹を立ち去ろうとしないばかりかウトゥに襲いかかろうとしたので、彼はそれを退治した。ズーは子供らと高く舞い上がると天の頂きにまで昇り、そこに巣を作ることにした。リリスは自らの住居を破壊し、誰も住んでいない荒野に去っていった。
ウトゥはその後、樹の根っこを引き抜きやすくし、銅製の斧で輝く王冠と輝くベッドをイナンナのために作ってやった。彼女は「他の神々と一緒にいる場所ができた」ととても喜び、感謝の印として、その樹の根と枝を使って「プック(Pukku)とミック(Mikku)」(輪と棒)を作り、ウトゥへの贈り物とした<ref group="私注">イナンナには木を切り倒し、利用する職能神としての一面があるように思う。このような性質はヒッタイトの女神[[マリヤ]]にもあったと考える。</ref>。
 
なお、この神話には、ウトゥの代わりに[[ギルガメシュ]]が同じ役割として登場する[[ギルガメシュ叙事詩|ヴァリエーション(変種)]]がある。
 
=== イナンナの冥界下り ===
天界の女王イナンナは、理由は明らかではないものの(一説にはイナンナは冥界を支配しようと企んでいた)、地上の七つの都市の神殿を手放し、姉のエレシュキガルの治める冥界に下りる決心をした。冥界へむかう前にイナンナは七つの[[メー]]をまとい、それを象徴する飾りなどで身を着飾って、忠実な従者である[[ニンシュブル]]に自分に万が一のことがあったときのために、力のある神[[エンリル]]、[[シン (メソポタミア神話)|ナンナ]]、[[エンキ]]に助力を頼むように申しつけた<ref>矢島、51 - 52頁。</ref><ref>岡田・小林、163頁。</ref>。
 
冥界の門を到着すると、イナンナは門番である[[ネティ]]に冥界の門を開くように命じ<ref>来訪の理由を問われ、エレシュキガルの夫[[グガランナ|グアガルアンナ]]の葬儀に出席することを口実にしたともされる(岡田・小林、163頁)。</ref>、ネティはエレシュキガルの元に承諾を得に行った。エレシュキガルはイナンナの来訪に怒ったが、イナンナが冥界の七つの門の一つを通過するたびに身につけた飾りの一つをはぎ取ることを条件に通過を許した。イナンナは門を通るごとに身につけたものを取り上げられ、最後の門をくぐるときに全裸になった。彼女はエレシュキガルの宮殿に連れて行かれて、七柱のアヌンナの神々に冥界へ下りた罪を裁かれた。イナンナは死刑判決を受け、エレシュキガルが「死の眼差し」を向けると倒れて死んでしまった。彼女の死体は宮殿の壁に鉤で吊るされた<ref>矢島。52 - 56頁</ref><ref>岡田・小林、164。</ref>。
 
三日三晩が過ぎ<ref>異聞では七年七ヶ月七日とも七年ともいわれる(岡田・小林、167頁)。</ref>、ニンシュブルは最初にエンリル、次にナンナに経緯を伝えて助けを求めたが、彼らは助力を拒んだ。しかしエンキは自分の爪の垢からクルガルラ(泣き女)とガラトゥル(哀歌を歌う神官)という者を造り、それぞれに「命の食べ物」と「'''命の水'''」を持って、先ずエレシュキガルの下へ赴き、病んでいる彼女を癒すよう、そしてその礼として彼女が与えようとする川の水と大麦は受け取らずにイナンナの死体を貰い受け、死体に「命の食べ物」と「命の水」を振りかけるように命じた。クルガルラとガラトゥルがエンキに命じられた通りにするとイナンナは起き上がった。しかし冥界の神々はイナンナが地上に戻るには身代わりに誰かを冥界に送らなければならないという条件をつけ、ガルラという精霊たちが彼女に付いて行った<ref>矢島、56 - 58頁</ref><ref>岡田・小林、164 - 165頁、但し、こちらではエレシュキガルの病を癒すこと、その礼としてイナンナの死体を求めることについての記載は無い。</ref>。
 
まず、イナンナはニンシュブルに会った。ガルラたちは彼女を連れて行こうとしたが、イナンナは彼女が自分のために手を尽くしたことと喪に服してくれたことを理由に押しとどめた。次にシャラ神、さらにラタラク神に会うが、彼らも喪に服し、イナンナが生還したことを地に伏して喜んだため、彼らが自身に仕える者であることを理由に連れて行くことを許さなかった。しかし夫の神ドゥムジが喪にも服さず着飾っていたため、イナンナは怒り、彼を自分の身代わりに連れて行くように命じた。ドゥムジはイナンナの兄[[ウトゥ]]に救いを求め、憐れんだウトゥは彼の姿を蛇に変えた。ドゥムジは姉の[[ゲシュティンアンナ]]の下へ逃げ込んだが、最後には羊小屋にいるところを見つかり、地下の世界へと連れ去られた。その後、彼と姉が半年ずつ交代で冥界に下ることになった<ref>矢島、58 - 62頁。</ref><ref>岡田・小林、165 -166頁。</ref>。
== シュメール語文献 ==

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